宮沢 賢治 銀河 鉄道 の 夜。 銀河鉄道の夜/宮沢 賢治

さらに父が間もなく帰ってくることを知らされ、勇気づけられる。

これも他者のためになることが素晴らしいことだという話ですね。

」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。

さぎというものは、みんな天の川の砂が 凝 ( こご )って、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、 脚 ( あし )をこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと 押 ( おさ )えちまうんです。

」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。

母親は病気で寝たきり。

、『『銀河鉄道の夜』とは何か 討議』青土社、1990年5月、新装版。

わたくしたちは神さまに召されているのです」 「わたしたちはこんないいところを旅して、じき神さまのところへ行きます」 (宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』より) 青年は、氷山にぶつかって船が沈んだのだと話します。

それは他者の心の中で生きているといった抽象的な生き方ではなく、現実の自立した存在として生きている。

」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。

-感想- ・「ほんとうのさいわい」は「本当の幸い」ではないということ 『銀河鉄道の夜』ほど美しい宇宙の物語を僕はほかに知りません。

」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい 愉快 ( ゆかい )になって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの 口笛 ( くちぶえ )を 吹 ( ふ )きながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。

そのまん中に円い黒い星座早見が青いアスパラガスの葉で飾ってありました。

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