平家 物語 忠則 の 都 落ち。 忠則 の 都 落ち 品詞 分解

忠度は、朝敵となった人なので、名前を書かず、「詠み人知らず」として入れたのです =侍五騎、童一人、自分と全部で七騎で (都へ)引き 返し、五条三位俊成卿の邸にいらっしゃってご覧に なると、邸の門は閉じて開かない
一門の運命、はや尽き候ひぬ =忠度はその身が朝廷の敵となってしまった以上は、 (細かい事を)とやかく言うことではないとはいう ものの、残念だった事の一つである
11 富士川 (ふじがは) 頼朝討伐のため維盛、忠度を大副将軍として三万余騎が東国に出発します 門を開けよ」 と言って、忠度を中へ入れたのでした
「忠度 一進一退の攻防が続く中、鵯越から義経が奇襲をかけると形勢は一気に源氏に傾き、浮き足だった平家軍は大敗走となります
「ゆめ」だけの時もある 言葉の受け手である薩摩守忠度を敬っている
また生き残り、舟で戦場を脱出したものの、行く先もはっきりしない平家達でした 「長年、歌の道をご教導いただき、ありがとうございました
そうすれば、草葉の陰で、どんなにうれしく思うことでしょう」 忠度は、鎧の合わせ目から巻物を取り出して、俊成に渡しました なかでも清盛の前には、大顔面やしやれかうべが現れたりしました
都から落ちるにあたり、いよいよ最後の門出と決意した忠度は、これまでに詠んだ歌の中から百首選んで、巻物に記したのです
しかし、大赦により許されましたが、その後も世の乱れや君臣滅亡を吹聴したため、伊豆に流されます 六月九日には新都造営の事業が開始されたものの、なかなかはかどりませんでした
御疑ひあるべからず。 この度の遷都については君も臣も嘆き、南都北嶺をはじめ諸寺、諸社の訴えもあり、さすがの清盛もこれを断念せざる終えませんでした。 」と、(忠度が)高らかに吟じなさるので、 俊成卿 いとど名残り惜しう おぼえて、涙をおさへて ぞ入り 給ふ。 =俊成卿、「然るべき事情があるのだろう。 人情、思いやりの気持ち。 三位は後姿をはるかに見送って立たれていると、忠度と思われる声がして、 「前途ほど遠し、思いを雁山の夕べの雲に馳す」 と、高らかに口ずさまれたので、 俊成卿はますます名残惜しくお思いになり、涙を抑えながら(屋敷の中に)お入りになる。 べから=当然・命令・適当の助動詞「べし」の未然形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。 10 一二の懸け (いちにのかけ) 熊谷直実・平山季重が、一の谷西口(搦手の土肥実平七千余騎)の先陣を争う。